検索
  • newshexagon

【UFC】チャールズ・オリベイラ~もう2度と歩くことができなかったかもしれないオリベイラが、どのようにタイトルマッチまでこぎ着けたのか

5月15日(土)(現地時間)米国 テキサス州ヒューストンのトヨタ・センターにて「UFC 262: オリベイラ vs. チャンドラー」が開催され、空位のライト級王座の座をかけ、ついにチャールズ・オリベイラとマイケル・チャンドラーが激突する。試合に先がけ「もう2度と歩くことができなかったかもしれない」オリベイラが、どのようにタイトルマッチにこぎ着けたかを米メディア「MMA Fighting」が報じていた。


ペレやネイマールのように、サッカー界の偉人たちが最初にスターになった地域、ブラジルサンパウロ州グアルジャの街で、サッカーをするのが大好きな幼い子供、チャールズ・オリベイラが異常な心雑音と診断され、関節リウマチにより、医師が「息子が二度と歩かない可能性がある」とオリベイラの両親に言ったとき、彼らは諦めなかった。


「わたしは2年間入院しましたが、医者は母にもうスポーツはできないと言いました。当時、わたしはサッカーが大好きで、格闘技が何であるかわからなかったけど、病院に2年間入院していました。退院することはできなかったから、状況はひどかったです。わたしの両親は働かなければならなかったので、わたしは基本的に一人で過ごさなくてはならず、慣れるのは大変でした」とオリベイラは当時を振り返った。


オリベイラの父は食肉処理場で働き、地元のファーマーズマーケットで卵を販売していた。母は学校と校長の家で掃除婦をしてがた。入院は長期に渡ったため、母の上司からの支援がなければ治療費を支払うことは、彼らにとっては困難だった。


オリベイラの母は「医師がわたしの息子が病気で、二度と歩くことはないだろうと言ったとき、わたしは神がそれを起こさせないだろうと信じていました。しかし、彼の足首は深刻な状態で、彼は足首を動かすことができませんでした。ですが、わたしの上司はわたしたちに多大な援助をしてくれて、もっと詳しい検査のためにサンパウロに連れて行ってくれました。神に感謝しています。わたしは彼のベッドそばの床で眠り、朝5時に起きて仕事をした後に病院に戻りました。時々わたしは一カ月家に帰らずに、病院と仕事の往復をしました」と語り、病気の息子と一緒に病院に滞在しなければならなかった夜を思い出すたびに、感情的になり、涙を流すのだった。


オリベイラの父は「医師は彼がボールを蹴ることができないと言いましたが、今の彼は殴られることがありません。しかし、それは非常に困難でした」と話した。


オリベイラは病院から退院したとき、11歳だった。彼はまだ完治しておらず、医師は彼の最愛のサッカーを含む身体活動に対しても、忠告をした。また、オリベイラはベンザチンベンジルペニシリンを隔週で注射し、抗炎症薬を毎月注射しなければならなかった。しかし、オリベイラは2か月後、すでにスポーツに戻っていた。サッカーは足首の悪い子供には残酷すぎたが、ブラジルの柔術は、良いバックアップ計画になる可能性があった。最終的にオリベイラは18歳になるまで注射を続けた。


オリベイラの父はさらに「彼は退院してから2か月後に柔術のトレーニングを開始し、2か月後に地元の大会で優勝しました。わたしたちが診療所に戻って、医師がスポーツができないと言ったとき、彼はすでに2つの金メダルを持っていました。彼は子供の頃からファイターで、勝者なんです」とオリベイラが、子供のころからさまざまな困難と戦ってきたファイターであり、勝者であるとオリベイラを称えた。

(C)UFC

27回の閲覧